「家督相続」とは何か?現代相続との違いとトラブル回避法を徹底解説

「家督相続」とは何か?現代相続との違いとトラブル回避法を徹底解説

公開日: 2025.7.25

「相続」と聞くと、誰がどのくらいの財産を引き継ぐのか、という現代的な「遺産分割」のイメージが一般的ですが、日本にはかつて、まったく異なる価値観に基づいた相続制度が存在していました。それが「家督相続(かとくそうぞく)」です。これは現行の法定相続制度とは大きく異なり、家制度という日本固有の社会構造を支える中核的な仕組みとして、長く運用されてきました。

1947年に施行された新民法によって家督相続は廃止されましたが、その考え方や影響は現在でも根強く残っています。たとえば、地方の一部では「長男が家を継ぐもの」という認識が根付いており、遺産分割の場面でそのような主張がなされることもあります。相続争いが起きる原因の一部には、こうした家督相続の考え方が影響しているケースもあるのです。

このような背景から、旧制度である家督相続の意味と仕組みを理解することは、現代の相続問題を円滑に処理する上でも極めて重要です。また、「家督相続を主張されたが、どう対応すればよいか分からない」「先祖代々の土地や家を一人に引き継がせたい」といった具体的な悩みに対しても、過去の制度を知ることが適切な判断材料となります。

本記事では、まず家督相続とは何かを詳しく解説し、現代の相続制度との違いや、制度改正の背景、そして現代における応用や対応方法について、順を追って解説していきます。相続に関わるすべての人にとって、有益な知識となるよう網羅的に解説いたします。

家督相続とは

家督相続とは、明治時代から戦後まで続いた旧民法(1898年施行、1947年改正)に基づいて運用されていた相続制度で、家制度の中核をなす存在でした。現代の相続制度とは大きく異なり、財産の承継というよりも「家の地位」としての承継が重視されていた点が最大の特徴です。

家制度と家督の関係性

家制度とは、「イエ」を単位とする家族組織で、戸主(こしゅ)と呼ばれる家長が一家を代表し、その地位と財産を一体として維持する仕組みでした。この戸主が亡くなったり隠居した場合、次の戸主となる者が「家督相続人」として、家の名義・不動産・家財などを一括して承継しました。

この制度では、相続とは個人の遺産を受け継ぐものではなく、「家の地位と責任」を引き継ぐものであり、社会的にも法的にも強い権限を持つ「戸主」というポジションが厳格に設けられていたのです。

家督相続の条件と順位

家督相続は原則として「嫡出長男」が行うものであり、これにより家の血統と資産を一貫して維持することが期待されていました。ただし、長男が死亡していたり、適格でないと判断された場合には、次男や他の男子、場合によっては養子が家督相続人になるケースも存在しました。女子による家督相続は非常に例外的で、女性の地位は極めて低く抑えられていたのも当時の特徴です。

家督相続の手続き

家督相続は、「戸主の死亡または隠居」によって自動的に発生しました。遺言によって変更することはできたものの、相続人の指定には家裁の認可が必要であり、自由度は現行制度よりもかなり制限されていました。また、家督相続は不動産や動産に加え、「家名」「位牌」「家業」など、非経済的資産も引き継ぐ点が特異でした。

家督相続の目的と社会的背景

この制度の本質的な目的は、家産の分割を防ぎ、家を存続させることにありました。特に農村部や地主層では、田畑や山林を分割すると経営が立ち行かなくなるため、一人の相続人に集中させることで、代々の資産を守る工夫がなされていたのです。つまり、家督相続は財産管理の観点だけでなく、日本の社会構造や経済的合理性にも根ざした制度でした。

家督相続と現行制度の違い

家督相続と現行民法に基づく遺産相続制度の違いは、単に「誰が相続するか」という問題にとどまらず、相続制度の根本にある思想や社会構造の変化を映し出すものです。ここでは、制度の構造的な違いと、それが生まれた歴史的背景について詳しく解説します。

家督相続

旧民法(1898年施行)における家督相続は、戸主(家の代表者)が死亡または隠居した際に、一人の相続人が「戸主としての地位」と「家産」をすべて引き継ぐ単独相続制度でした。主に嫡出長男がその地位を受け継ぎ、他の兄弟姉妹や配偶者には基本的に相続権がありませんでした。

この制度は、財産や地位を一人に集中させることで「家」という単位を維持することを目的としていました。特に農村や自営業の家では、土地や事業を分割することで生じる不利益を回避する手段として、非常に現実的かつ機能的な仕組みだったのです。

また、家督相続には法的手続きというよりは、「家制度の中で当然に行われるもの」という社会的合意が強く作用しており、相続は一種の義務であり、名誉でもありました。

現行相続制度

1947年に施行された現行民法は、戦後の民主化政策の一環として、旧来の家制度を完全に廃止し、相続制度も大幅に見直されました。その結果、すべての法定相続人が、法で定められた相続順位と相続分に基づき、遺産を公平に分割して相続する仕組みへと移行したのです。

この制度の導入により、性別や出生順位に関係なく、配偶者やすべての子に平等な相続権が認められるようになりました。さらに、遺留分制度などにより、遺言であっても相続人の最低限の権利が保障され、個人の財産権の保護が法制度上の大原則となりました。

比較表:家督相続と現行相続制度の主な違い

比較項目

家督相続(旧民法)

遺産相続(現行民法)

相続人の範囲

原則1人(主に嫡出長男)

法定相続人すべて

承継内容

家の地位・家産の全て

財産のみ(家制度なし)

財産の分割

なし(一括承継)

相続分に応じて分割

制度の目的

家の存続・財産の維持

個人の財産権の尊重

社会的背景

家制度の維持

民主化と法の下の平等

制度変更の背景

家督相続が廃止され、現行の法定相続制度が導入された背景には、戦後日本の社会構造の大変革があります。戦後GHQの占領政策により、日本社会は天皇制を頂点とする封建的構造から、民主主義と個人の尊厳を中心とする構造へと転換を迫られました。

その一環として、旧民法における家制度も「家長の権限が強すぎ、家族の人権を侵害している」との批判を受けて廃止されました。これにより、婚姻・離婚・相続など、家庭に関わるあらゆる法律が個人単位で考えられるようになったのです。

とくに相続制度においては、「女性に相続権がない」「長男以外が差別される」などの慣習を明確に否定し、すべての法定相続人に平等な権利を与えることが正義とされました。

制度の変化が与えた影響

この法改正は、単なる制度変更にとどまらず、日本人の家族観・相続観そのものを変える契機となりました。たとえば、

  • 親の財産を誰が継ぐかという問題が、「家を守る」視点から「公平に分ける」視点に変わった

  • 相続のトラブルが「家督相続人か否か」ではなく、「法定相続分をどう扱うか」に移行した

  • 長男というだけで特別扱いされない時代へと進んだ

このように、家督相続と現行相続制度の違いは、法制度の違い以上に、日本社会の価値観の変容を象徴するものなのです。

今でも残っている家督相続の影響とその具体例

1947年の民法改正により家督相続制度は廃止されましたが、現代でも特定の状況下では家督相続が問題となるケースがあります。これは制度としての家督相続が現在も有効という意味ではなく、過去の制度が現在に影響を及ぼす局面や、制度の痕跡が残っている場面があるという意味です。

1. 戦前の相続が未処理のまま残っている場合

家督相続が有効であった旧民法時代に発生した相続が、何らかの理由で正式な登記や相続手続きがされないまま放置されていた場合、その法的評価が問われることがあります。たとえば、昭和20年代に家督相続によって財産を引き継いだ人が、登記手続きをしていなかった場合、その後の相続に影響を及ぼす可能性があります。

このようなケースでは、当時の法律(旧民法)に基づいて家督相続の有効性が認定されることがあり、相続登記や分割協議が複雑化する原因になります。

2. 戸籍・登記簿に残る家督相続の記録

登記簿や戸籍謄本に「家督相続人」としての記載が残っているケースもあります。これにより、不動産の名義変更を行う際に「家督相続によって取得した」との扱いを求められたり、法的な解釈の整理が必要になることがあります。

特に、戦前の戸籍には「家督相続」の文言が多く見られ、現代の手続きに戸惑う要因となることが多いです。これらの記録は法的にはすでに失効した制度に基づくものですが、相続人間の認識や不動産の権利関係に影響を及ぼすことも少なくありません。

3. 遺言や遺産分割協議で家督相続的な考え方が反映されるケース

形式上は現行民法に基づく相続であっても、家族の中で「長男が家を継ぐべき」といった伝統的な価値観が共有されていると、家督相続に近い内容の遺言書や遺産分割協議が行われることがあります。

たとえば、親が生前に「家は長男に継がせたい」と言っていた場合、それを尊重する形で他の相続人が権利を放棄したり、長男に大部分を相続させる内容で合意がなされることもあります。このような場合は、法的には家督相続ではなくあくまで「合意に基づく遺産分割」ですが、実質的には家督相続的な承継が行われているとも言えます。

4. 地方における慣習や地域文化の影響

地方や一部の農村地域では、今なお「家を守るのは長男」という意識が強く残っていることがあります。そのため、相続時に親族間で「昔から家督は長男」といった発言が出てくることがあり、相続協議の際にトラブルを招く要因にもなり得ます。

このような慣習や地域文化は法律よりも感情や信頼関係に影響を及ぼしやすいため、単なる法律知識だけでなく、家族間の丁寧な話し合いや第三者の介入が必要となることもあります。

家督相続的な継承の方法

現行の相続制度においては、法定相続人全員に公平な権利が認められているため、旧民法におけるような「家督相続」はもはや存在しません。しかし、それでも「一人の相続人に家や土地、事業をまとめて継承させたい」「家督相続的な考え方を尊重したい」というニーズは根強くあります。

このようなケースでは、現行制度の枠内で合法的に家督相続に近い相続を実現する手段を活用する必要があります。以下に代表的な方法を紹介します。

家督相続 近い相続方法

1. 遺言書の活用

最も有効な手段のひとつが、公正証書遺言や自筆証書遺言の作成です。遺言書を使えば、相続人のうち特定の人に多くの財産を承継させることが可能です。たとえば、「長男に不動産と事業を相続させたい」と明記しておけば、その意思が法律的にも尊重されます。

ただし、他の法定相続人には「遺留分」があるため、一定割合の財産は必ず分ける必要があります。これを無視すると遺留分侵害額請求の対象となるため、慎重な設計が必要です。

2. 生前贈与

遺言よりもさらに強力な方法として、生前贈与があります。生きている間に土地や建物、現金などを譲ることで、相続時のトラブルを未然に防ぐことが可能です。

特に事業承継などでは、会社の株式を生前に譲渡することで、家業を円滑に引き継ぐことができます。ただし、生前贈与には年間110万円を超えると贈与税がかかるため、税制面での検討が不可欠です。

また、他の相続人の納得を得るための説明や同意が必要となるため、計画的な実施と専門家によるサポートが推奨されます。

3. 家族信託

家督相続に最も近い現代的な制度のひとつが「家族信託」です。家族信託を活用することで、資産を特定の信託受託者(たとえば長男)に預け、信託契約に従って運用・管理・継承を行わせることができます。

これにより、高齢者や認知症患者が自分の資産を家族に託し、実質的に「家を継がせる」ことが可能となります。遺言や生前贈与と異なり、資産管理や事業の承継に長期的な視点で対応できるのがメリットです。

4. 代償分割

家や土地を長男など特定の相続人が相続し、他の相続人には現金や預貯金などで代償する「代償分割」も、家督相続に近い形を実現する方法です。これにより、「家は長男が継ぐ」「他の兄弟は金銭で調整」といった現実的な相続が可能となります。

ただし、財産評価や公平性を巡って争いになりやすいため、事前に専門家と相談しながら分割案を設計することが重要です。

5. 相続人間の協議と合意

最終的には、家督相続に近い形を実現するためには、相続人全員の協力と理解が必要です。いくら法的に準備しても、感情的な納得が得られなければトラブルの原因になります。

そのためには、日頃からのコミュニケーションや、親が元気なうちに相続についての意志を伝えることが不可欠です。家族会議や専門家を交えた話し合いを通じて、遺産分割を「争続」にしないための工夫が求められます。

家督相続を主張された場合の対応策

現代の相続手続きにおいて、法的にはすでに廃止された「家督相続」を、親族の誰かが主張してくるケースは決して珍しくありません。特に年配の親族や、地方の慣習が色濃く残る家庭では、「長男がすべてを継ぐべき」「昔は家を守るために一人が全部相続した」といった考えが根強く残っています。

このような主張がなされた場合、感情的な対立に発展することもあるため、冷静かつ法的に正確な対処が必要です。以下に具体的な対応方法を示します。

1. 「家督相続」は現在の法律では認められていないと理解する

まず大前提として、1947年の民法改正により家督相続制度は廃止されているため、現在の相続において「家督相続だから全財産は長男のもの」という主張には法的根拠が一切ありません

この点を理解し、必要に応じて家族に説明することが重要です。相続は、現行民法に基づいて法定相続分または遺言によって公平に分割されるべきものであり、「昔のやり方」はあくまで慣習にすぎません。

2. 遺産分割協議を法的に正しく進める

家族の中で家督相続的な主張が出たとしても、相続手続きを進めるには法定相続人全員の合意が必要です。仮に一人の相続人が「全部自分のもの」と主張しても、他の相続人が同意しなければ相続は完了しません。

このため、すべての相続人を集めて遺産分割協議書を作成し、署名・押印をもらう必要があります。納得のいく分割案を提示し、感情論ではなく事実と法律に基づいた話し合いを進めることが肝心です。

3. 専門家に相談して客観性と法的正当性を保つ

相続の話し合いが感情的になったり、法的な論点が複雑な場合は、弁護士や司法書士など専門家に相談するのが有効です。第三者が介入することで、相続人間の不信感や感情的対立を和らげることができ、冷静で建設的な協議が進められます。

また、家督相続を主張する相続人に対しても、専門家の見解を通じて「その主張には法的根拠がない」と納得してもらいやすくなります。

4. 戸籍や登記の記録を確認する

一部の相続では、古い不動産の登記簿に「家督相続人」として記載されている名義が残っていることがあります。これを理由に長男が所有権を主張することもありますが、現行法ではその名義がすぐに相続権を意味するわけではありません

したがって、登記や戸籍の記録を確認し、過去の相続処理が適切に行われているか、またその記録が現行法にどう影響するかを検討する必要があります。

5. 無理に対立せず、対話を重ねる

家督相続を主張する人の多くは、単に財産を独占したいというよりも、「家の名誉を守る」「親の意志を尊重したい」といった思いを抱えていることが多いです。その背景を理解し、相手の気持ちに配慮しながら、法律の現実を丁寧に伝えることが解決への近道です。

相手を責めたり否定したりせず、話し合いを通じて互いに納得できる着地点を模索する姿勢が、相続を「争続」にしないためには欠かせません。

まとめ

家督相続とは、日本の旧民法に基づいて運用されていた、家制度を支える中核的な相続制度です。長男が家の地位と財産すべてを単独で承継するというこの仕組みは、「家を守る」という価値観の下に成立しており、特に農村や自営業の家庭においては現実的な制度として機能していました。

しかし、1947年の民法改正によって家制度そのものが廃止され、家督相続も制度としての効力を失いました。これにより、相続は個人の財産権を尊重し、すべての法定相続人が公平に財産を承継する形へと移行しました。現行制度は、個人の尊厳と平等を大原則とする民主的な価値観に支えられています。

とはいえ、現在でも家督相続の影響は各所に残っており、登記や戸籍の記録、家族の慣習、相続人の意識の中にその名残が見受けられます。こうした背景を理解せずに相続を進めると、予期せぬトラブルや感情的な対立を引き起こすこともあります。

そのため、家督相続の制度的な意味と背景を正しく理解し、現代の法制度との違いを明確に把握することが大切です。そして、家督相続的な承継を望む場合には、遺言や生前贈与、家族信託など現行法の枠組みを活用して合法的・実務的に実現することが求められます。

また、万が一「家督相続だから長男がすべて継ぐ」と主張された場合も、慌てずに法律的な正当性をもとに対応し、専門家の力を借りながら円満な解決を目指すことが重要です。

相続は家族にとって非常にセンシティブな問題であり、制度への正しい理解と、関係者同士の丁寧な対話が不可欠です。本記事がその一助となり、争いのない円滑な相続が実現されることを願っています。

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